【幼少期】
・1991年11月3日 23歳 AB型
・埼玉県深谷市にて清水家の3人兄姉の末っ子として誕生
人見知りの怖がりで、小学校上がるまでは花火の音が苦手だったり、
キャラクターのぬいぐるみの大きさに驚いてしまうくらい泣き虫だったそうです。
年長さんくらいになると周りの友達と活発に遊ぶようになり、
徐々にたくましくなっていきました。

【小学生時代】
◼︎ 深谷ボーイズ(硬式野球)
4年時に入団し、5年生からは一塁手のスタメンとして試合に出場。
6年時には主に遊撃手や抑え投手として出場し、チームの埼玉大会4連覇に貢献する。
4度の全国大会出場のうち、2大会で元ドラゴンズの伊藤康祐選手率いる
日本一のチームと対戦した。(2戦2敗)※伊藤選手は1番センター

【中学生時代】
◼︎ 藤沢中学軟式野球部
硬式のクラブチームに進むか悩んだのち、顧問の先生からの熱烈なオファーにより、
中学校の軟式野球部に入部することを選択した。
3年時に最大の転機であるスーパースターズ(関東選抜)に選出され、関東地区のエース
として、チームを全国ベスト8に導いた。

【高校生時代】
◼︎ 花咲徳栄高校
同中学校から花咲徳栄高校へ進学した先輩の影響から、小学時に自分も花咲徳栄高校へ
進学したいと思うようになる。

その夢を実現した後は1年生の夏からベンチ入りを果たす(甲子園はベンチ外)。
2年春のセンバツは 登板機会がなく、夏の甲子園は1試合の救援登板にとどまる。
3年夏はエースナンバーの抑え投手として、 埼玉県大会3連覇を達成し、
その後の甲子園では全6試合に登板し、2勝(19回2/3で3失点。防御率1.37)
の成績を残し、埼玉県勢初の夏の全国制覇を成し遂げた。
MAX150キロはその年の甲子園大会の最速をマーク。

【U-18時代】
JAPANのリリーフエースとして銅メダル獲得に貢献。
5試合に登板し、7回と2/3を投げ自責点は1。防御率1.17、9奪三振の活躍を見せた。

当時のメンバーには清宮選手(現日本ハム)安田選手(現ロッテ)
田浦選手(現ソフトバンク)などがいる。

【現在】
・2017年ドラフト4位で中日ドラゴンズへ入団。(背番号50)
・184cm / 90kg
・右投げ右打ち
・5年目の22年シーズンは中継ぎに転向し、勝利の方程式としてチームの勝利に貢献。
過去最高の54試合に登板し、防御率3.04、3勝3敗1セーブ、32ホールドをあげた。
23年シーズンも中継ぎとして50試合に登板した。

プロ野球通算成績(登板数121試合 / 防御率3.44 / 9勝10敗 / 1S / 57H / 153奪三振。※2023年シーズン終了時点)

・アジアプロ野球チャンピオンシップ2023 侍ジャパン選出。

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